ドラゴンキッチン

第2回 「厳しい優しさ」

中学1年の頃、いじめに遭いました。

私立の中学校で1学年1クラス。

ある日、学校に行くと誰も自分と口をきいてくれない。

突然の出来事に最初は何が起こったか全く状況が理解できませんでしたが、

クラスのボスの一言が切っ掛けみたいでした。「あいつと一切口を効くな」と指令が出ていたのです。

今だから話せるものの、当時は超深刻・・・。

状況が続くに連れて血の気が引いていくのが自分でも解りました。

クラスメイトには完全に無視をされる毎日。ボスの指令で嫌がらせをしてくる主体性の無い輩たち。

ほとんど誰とも口を効けない約2ヶ月間の学校生活は地獄のような日々でした。

 

今考えると、こんな状況から脱出できた理由が3つあります。

 

一つ目は、両親からの厳しいアドバイス。

「おまえが間違ったことをしていなければ堂々と学校に行け。

ただし、そうなる原因がお前の性格にもあるとしたらこの機会に良く考えてみんなと接してみろ」

当時の私は客観的に自分自身を省みる姿勢はまるでゼロ。

自分のことは棚に上げやりたい放題、言いたい放題。

人の気持ちなど全く考えること無く行動していました。

今思うと両親は息子の苦境に際しても、抱きしめることをあえて避け、

これから生きて行くための免疫を与えてくれたように思います。

「毅然としなさい。毅然と出来ない理由があるのならまず自分の性格や態度を正しなさい」と、

明日を生きるための解りやすい目標を与えてくれたのです。

 

2つ目は、自分自身ある意味冷静な判断が出来ていたことです。

 

不思議と元々仲の良かったボスにはあまり腹が立ちませんでした。

一番腹が立ったのは、いいなりになって嫌がらせをするその近辺の連中でした。

「人がやれといえばおまえら何でもやるのか?」

しかし、腹が立っても多勢に無勢。悟りを啓くしかないのです。

 

「あいつらはまだ子供だから分別が無いんだ」

「そのうち解る時が来る。彼らが解る時まで頑張ってやるか」

 

そう思うと腹も立ちません。逆に滑稽にも見えたものです。

 

3つ目は、クラスの中で2人だけが周囲に気付かれないように話しかけてくれました。

表立って話しかけてくれなくてもこれほど救われたことはありません。

一歩間違えば自分もやられるところを恐れずに気をかけてくれていたのです。

極限の中で人間の優しさ、素晴らしさを初めて知ることができました。

 

 

その後、自然と状況は良くなり、みんなとも徐々に話せるようになり普通の学校生活に戻りました。

何が切っ掛けで状況が好転したか・・今は何故か思い出せません。

 

特に節目が無いまま約5年が経過した高校3年の卒業前、突然そのボスが話があると私の家に。

彼は「あの時は本当に申し訳なかった」と土下座して謝罪しました。

私は「オレも生意気だったし、あの件では本当に勉強させられた。周りの連中は許せなかったけど、

オマエが居なかったらオレは今のオレではなかったと思う。逆に感謝している」と言って許しました。

 

私が自らイジメの話を出来るのは、それで自分が変わることが出来た、

良い勉強をさせてもらった結果今の自分があると心から思えるからです。

 

また私は、この世で一番信頼している親に

「周囲の責任だけではない」「人を変えられなくても自分は変われる」と前の向き方を教わっていたのです。

親から本質を問われたことで不思議と「いじめ」への意識は薄くなりました。

もし親の存在が私の逃げ場になっていたら・・・。

これからいろんな人と絡む将来に対する自分自身への不安は結局拭いきれず、

自己を正当化するために人の責任ばかりにして勇気を振り絞ることを忘れていたかもしれません。

まさに私は両親の「厳しい優しさ」で守られていたのです。

 

昨今のいじめ問題はさらに事情も複雑で内容も度を越えているかもしれません。

先天的な事を責める悪質ないじめも存在すると思います。

ですが、自分自身を知ることで、気持ちの持ち方も変わり、救われる場合もあるようにも思うのです。

 

しかしながら、いじめにあうのは人生経験の無い子供がほとんど。

「君のこれからの素晴らしい人生の中で、今の苦境はほんの一瞬の出来事なんだよ」

「今、君をいじめている人たちは、これから君の人生に出て来る何千人という登場人物の中のほんの数人なんだよ」。

 

深い闇の中から子供たちを救って上げるために、私達大人の長い人生経験のがもっと生かされるべきです。

 

 

 

 



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